ネット上では短期的な視点による製品レビューが多く
しかもそれらのレビューは、概して大人によるものです。
発育途上にある子どもの最初の楽器として選ばれる電子ピアノが
その子の音楽的成長にもたらす影響にまで触れているページは少ないです。
ここでは
10数年にわたり販売の現場にいる人間として、
現役のピアノ教師として、
知ることができることのいくつかを書いていきたいと思います。
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指導者は生徒の楽器を把握するのは当然のこと、
メーカーや機種ごとの特性を理解し、その楽器に合った指導をする必要があります。
ピアノの先生は一般には電子楽器に詳しくない場合が多いため
生徒に対して十分なアドバイスを行われている方は少ないようです。
そう感じることの原因がこの一言。
「いちばんタッチの重い電子ピアノをください」
店頭で必ずといって良いくらい出会う言葉ですが、
わたしの持論は逆です。
第一印象でタッチが重いと感じる電子ピアノはむしろ避けるように伝えます。
現在の電子ピアノの鍵盤初荷重(指をのせてから音が出るまでの力)は
ほとんどのメーカーの製品で生ピアノの初荷重とほぼ同じになっています。
「物理的には」生ピアノと変わりないことになります。
その中でもとくに重いものという選び方をすると
実際にはピアノとかけ離れた重さのものを選んでしまうことになります。
鍵盤タッチを重くするのは技術的には容易なことです。
バネや重いおもりなど反発力を大きくすればよいだけの話ですから。
残念なことに、そうした小手先の重さをつけたピアノが実際にはよく選ばれてしまっています。
しかし、
鍵盤の重さと引き換えに犠牲になるのは、演奏上最も大切な
表現力です。
ピアノの先生の間でも「重いタッチのものがいい電子ピアノ」と思われる風潮があり
それを鵜呑みにしてこられる生徒さん(とそのご家族)は多いです。
"軽い鍵盤=手の筋力が育たない"という図式はたしかにイメージとしては結びやすいと思いますが
鍵盤タッチの物理的な重さは、電子ピアノの場合には、ですが
手指の筋力には直接にはあまり作用しません。
電子ピアノで練習する子どもの指がふにゃふにゃな理由には
「その2」で触れています。
さて、
すでにピアノを弾くための身体が出来上がっている大人は別として
子どもが生ピアノ以上に重い鍵盤の電子ピアノを毎日弾くとどうなるか。
自分の経験では、"タッチが重い"と言われる電子ピアノを使っている生徒は
・脱力ができない。
・
自分の音を聴かない・または聴けない。
・
力で弾こうとするため弾きグセがつきやすい。
・スタッカートが重い。
という傾向があります。
一度ついてしまった癖は直しがたく
レッスンの最初はピアノの鍵盤に慣らすために費やさねばならないため
貴重な時間のロスにもなります。
教室で直っても家で練習すればまたもと通りになるので
この繰り返しに陥ってしまいます。
これに対し、
タッチに不自然な重さのない電子ピアノを使用する生徒は
自分の音を聴きながらタッチを加減し演奏するというピアノ本来の奏法が身に付きやすいです。
普段から自分の出す音をていねいに聴く習慣ができるので
教室のピアノでも発表会の会場のピアノでも
楽器を選ばず美しい音で演奏できるようになります。
電子ピアノのタッチを軽いと感じるのは
センサーの感度などの「聴こえの感覚」によるものです。
この感度はほとんどの電子ピアノで調整可能です。
(タッチセンス・タッチレスポンス・キータッチなどの言葉で呼ばれます)
今では自分の生徒には必ず楽器購入前に相談するように伝えてありますが
入会前に"タッチの重い"電子ピアノを購入してしまった生徒には
キータッチを「軽い」に設定して練習するように言っています。
こうするだけで、ずいぶん自分の出す音に耳を傾けるようになります。
重いタッチの電子ピアノを買ってしまった方は試してみてください。
手の筋力ももちろん大事ですが、それ以前に音楽で重要なのは
耳です。
どうか小手先だけの重さに惑わされず
楽器として自然な鳴り方のする楽器を選んでください。
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今後は電子ピアノのタッチについてさらに詳しく、
それから音や機能について書いていく予定です。